二つの月 朧の恋02
影人の討伐が終わったころ、空は白み始めていた。桜は酷使した筋肉を伸ばし、帰路に着く。屋敷が見えたあたりで自転車から降りてヘルメットを籠に入れ、背筋を伸ばして歩き始めた。
「お帰りなさいませ、桜様」
「ただいま」
下女や下男に自転車や武器を渡して家の奥へ進む。体が軽くなるたび、押し込めていた疲れがどっと出てきた。
「桜様、お帰りなさい」
桜は足を止めた。疲れはあるが、それを隠して微笑みかける。
彼は許嫁だ。他の者のようにおざなりにはできない。
「大我さん、ただいま」
風呂の前まで来ていた桜は、婚約者である蘇芳大我に、今まで着ていた仕事着を渡す。その背中には痣が五重の花びらを持った花のようになり、見事に咲き誇っていた。
これこそが影人と対抗しうる力を持つ討伐師の証であり、人生を決める印である。花びらが重なれば重なるほど力は強く、桜のように五重になっている者は稀だった。だからこそ、五家の中で最も力を持つ蘇芳家から討伐師の婿が来ることになったのだ。大我が背に背負う花は二重である。下位の家ならば当主となるだけの才がある。
体を洗い、無駄に広い浴槽で桜は手足を伸ばす。檜の良い香りが鼻をくすぐった。
「疲れた……」
体の底から唸り出た言葉と共に疲れが湯に滲み出ていく。
このタイミングでこの風呂に入る可能性のある父は先に入らせた。そうなると桜が最後になるため、思う存分浸かっていられる。
要が四重で、清一郎が二重だったか?と、風呂でリラックスしながら桜はぼんやり考えていた。緑家の当主である若葉と、黄木寺の当主である琥珀は三重だ。無難な量である。
気の済むまで、時には大我に声をかけられながら、桜は至福のひと時を満喫した。風呂は好きである。入る前までは面倒だったりするが、入って後悔したことはない。
指先がふやけきったころ、桜はようやく風呂から上がった。
翌日の放課後、桜は付き人に荷物を預けて要の家へ直行した。高校生なためそれなりに教科書やノートがあり、預けるには重めなため少しばかり心苦しい。
要や桜と同じクラスの清一郎は別行動である。
「オレの部屋のいつものところに荷物置いてあるからな」
「うん」
蘇芳家の勝手口をくぐりながら、桜はあらかじめ届けさせておいた荷物の位置を要から聞く。その荷物には着替えや遊具など、必要と判断したものを詰めてある。
桜は要がいないうちに手早く部屋着へ着替えた。要は清一郎を迎える準備ですぐには戻ってこない。流石に、下の立場の家とは言え、藍川家の当主である清一郎を勝手口から迎えるわけにはいかないのだ。
着替え終わった後、勝手知ったる要の部屋からゲーム機を取り出し、ケーブルを接続していく。今日プレイするゲームは、家に遊んで良いゲームが無い清一郎でも遊べるパーティゲームだ。
「おっ、用意できてんじゃん」
ふすまを開けると同時に要の声が聞こえ、桜はコントローラーをミニテーブルの上に乗せて振り返った。
要の後ろには清一郎がおり、要の頭越しに部屋の中を覗き込んでいた。桜とあまり身長の変わらない要と並ぶと清一郎は大きく見える。その上、顔も良くて性格も良いので、清一郎はそれはそれはモテている。藍川家当主ではなくなっても同じくらいモテるだろう。
「まあね。要と違って私は気遣いができるから」
「言うなぁ。事実だけど。じゃ、着替えるから」
軽く言葉を交わした後、桜は後ろを向いた。要と清一郎も桜と同様、部屋着に着替えるのだ。脱ぐことにためらいのない要と違い、清一郎はチラチラと桜を気にしている。性格の違いがよく出ていた。
着替えが終われば清一郎を挟んで桜と要は座り、ゲーム機を立ち上げる。
「手加減してくれよ」
困ったように笑う清一郎だったが、声は楽しそうだった。
「無理むり。オレらに手加減できるわけないだろ。な、桜」
「そうだね。ハンデつけまくるのがせいぜいだって」
桜と要は負けず嫌いなのだ。手加減なんてできるはずがない。
ゲームは盛り上がり、テンションは天井を叩きまくった。その盛り上がりに呑まれ、間に挟まれた清一郎が小突かれたり叩かれたりしたのはご愛敬である。
「それにしても、二人とも強いな。いつ練習してるんだ?」
「そりゃあもう、隙間時間使うのよ」
「私は寝る前にしたりとかかなぁ。要とネット対戦することもあるよ」
「それじゃあ、俺は勝てないな」
「そうそ、年季が違うのよ」
要は清一郎にもたれかかり、グリグリと頭を押し付けた。清一郎の体がぴくりと跳ね、視線が要へ注がれる。
桜はそれを横目で見て、それに対しては何も言わなかった。
「褒められた年季じゃないけどね」
「いいだろぉ、楽しむのは大事なんだぞう!」
「まー、そうなんだけどね。要は気合入れすぎ」
桜は清一郎の背の後ろで手を伸ばし、指先で耳を引っ張る。要は頭を振ってそれに抵抗した。
「……要、桜、やるなら俺を挟まないでやってくれ」
困った顔で清一郎は言う。
桜と要は顔を合わせた後、最後に一緒に笑顔で抱き締めてから離れた。
「はは、ごめんごめん」
「ごめん、清一郎」
「いや、いいよ。少し恥ずかしかっただけだから……」
二人からの謝罪に清一郎は視線を逸らした。耳がほんのり赤い。恥ずかしいと言うのは本当のようだ。
「そう言えば桜はさ、今週末、若葉ちゃんとデートするんだろ?」
気まずい空気が流れ始めたあたりで、話を変えるように要は桜へ話を振った。清一郎も桜へ視線を向けたため、桜はありがたくその流れに乗る。
「デートじゃなくて、ただ遊びに行くだけ」
緑家の当主の若葉は、清一郎同様、行動に制限が多い。桜の遊びに付き合うと言う建前で息抜きに利用しているのだろう。要の言うような甘い理由は無い。
要もそれは察してか、深く追求することはなく、軽く流して終わった。
その後、どうでも良い話をしながら、時間になるまで3人は遊び続けた。