二つの月 朧の恋01

乙女ゲームのような転生モノのお話です。

 この町は二つの月が両方丸くなるときに、化物である影人が湧いて出てくる。それを討伐するのが桜の一族や他の一族の使命だった。

 二つの月の下、少女、桜は影人を睨みつける。年の頃は16。世界が蠢くようないつもの違和感を覚えながら、桜は最善の一手を探していた。ぷよぷよと揺れる影人は弱そうだったが、油断してはならない。
 影人から目を逸さぬまま深く呼吸をし、辺りを探る。周りに影人が他にはいないことを確認して桜は踏み込んだ。

 刃の付いていない薙刀を振り、影人の核を狙う。武器は何でもいい。討伐師である桜の力が伝わればそれで良いのだ。その証拠に、影人の核は真っ二つに斬られ、溶けた体は地面に染みこんでいった。

「こんなものかな」

 体の力を抜き、独り言を呟きながら桜は町全体をサーチする。桜の一家、桃屋家の特殊能力だった。

 桃屋家の担当区域に影人はもういなかった。下位の家ならばここで撤収しても良いのだが、桃屋家はそうはいかない。まだ討伐しきれていない区域、今日ならば、特に苦戦している藍川家の担当区域に行くべきだろう。そう桜が判断して足を進め始めると、その方向とは反対側から影人の気配がした。

 慌てて振り返ると既に影人は見える位置におり、それを追いかけている少年、蘇芳要の姿も見える。
 桜の姿を見つけた要はにいっと笑った。

「桜、足止めして!」
「ったく、仕方ないな」

 桜は素早く影人に向き合った。薙刀を構えながら、要の行動パターンを脳の奥底から引っ張り出す。要の木刀の構えで、桜は何をするか決めた。
 その後、無事に要が影人を仕留めるのを見届けた後、桜は要に詰め寄った。

「自分の担当区域で仕留めなさい!」
「悪い、悪い。思ったより速くてな」

 要はあっけらかんと笑っていた。
 反省した様子のない要に見せ付けるように桜はため息をつく。あまり強く言っても要に効果はないのだ。それに、本当に危ないとき、要はふざけないからまあ良い。

「全く。戻るとき、ついでだから桃屋家担当区域に影人がいないか確認しながら帰ってちょうだい。私は清一郎のとこに行ってくるから」
「りょーかい。任せろ、相棒! ところでさ、桜」
「何?」
「清一郎んとこ行くなら、約束は明日にするって伝えといてくれない?」

 日付が変わったので今日、桜は要や清一郎と要の家で遊ぶことにしている。いくら室内で遊ぶとは言え、徹夜した当日はそんな体力を維持するのは難しいだろう。

「わかった。言っておく」
「サンキュ。じゃあ、オレは戻るから、桜も気を付けろよ」
「ええ、要もね」

 別れの挨拶を交わした後、桜はいつもの道具を使って薙刀を体にくくりつけ、自転車に乗る。ヘルメットを被ってそのまま思いっきりペダルを踏み込み、あっという間に最高速度へ達した。

 漕いでいる間、桜は藍川家の討伐師、清一郎の位置を探した。清一郎は影人4体に囲まれ、大きな動きはない。急がねば。藍川家は基本的に強くない。助けを入れられるのならば早いに越したことはないだろう。桜のペダルを漕ぐペースが上がる。清一郎は要と同じく桜の同年代の幼なじみであるため、私情も混じっていた。

 程なくして現場に着く。桜は自転車を横倒しにして置くと、薙刀を取り出し、ヘルメットを被ったまま影人へ切り掛かった。

「清一郎さん、3!」
「……っ! はい!」

 名前を呼んで気を引き、短く指示を出す。意図を汲んだ清一郎はすぐに防御特化の構えを取った。
 桜は大声を出したことで寄ってきた影人へ迷いなく走り寄った。最も早く近寄った影人へ薙刀を振るう。その寸前、影人は核を桜から遠ざける。器用だなと心の中で舌打ちしながらさらに踏み込む。影人を深く斬り込んだときの肉を切るような不快感を受けながら、桜は手早く影人を斬った。
 返す刃で桜は次の影人へ斬りかかる。そうして3体の影人を倒したころには、清一郎も残る1体をなんとか倒していた。

 清一郎に視線を向けられる前に桜は荒れた呼吸を整えた。今は仕事中だ。二人きりとは言え、体裁は整えねばならない。

「助けていただきありがとうございます、桜様」
「これもお役目です。構いません」

 桜はすぐに影人の位置を探った。藍川家の担当区域内で、清一郎でも対処可能な影人の位置を教える。影人と常に一対一になれる程度の道幅で、近くの影人はそれなりに距離がある場所だ。
 残りは桜や、桃屋一族が対処すれば良いだろう。藍川家で討伐師は清一郎しかいない。余力のある一族が代わりを務めるのは当然の判断だ。

 再び移動する準備をし、サドルを跨いだ桜は約束を思い出して振り返る。仕事用の表情を崩し、清一郎に振り返った。

「遊ぶのは明日に延期だって。要が」
「えっ、ああ、わかった」

 初めは驚いていたものの、清一郎もすぐに仕事用の表情を崩す。

 桜は後ろ手で手を振ってから移動を開始した。桃屋一族の位置を確認し、藍川と同じく討伐師が1人しかいない緑家の担当区域へ行っても問題ないと判断する。
 桜は緑若葉のいる場所へと向かった。