恋に落ちたとき 恋に落とすとき

ソロバルです。
イベント参加時のコピー本にする予定でした。
どこが「恋に落ちたとき」で、どこが「恋に落としたとき」かお探しくださいませ。

 時折、ソロモンは酷い表情をする。目から生気がなくなり、口角が下がる。明らかに酷い疲れが滲み出ていた。それは大抵、人の少ないときになり、視線を感じるとすぐにいつもの表情に戻っていく。間違いなく無理をしていた。
「ソロモン、この後、付き合ってほしいことがあるんた」
 事態が落ち着いた頃合いを見計らってバルバトスはソロモンを誘った。疲れているだろうに、ソロモンはすぐにそれを承諾する。これで良い。こうやって早めに予定を押さえておかないと、ソロモンの予定はすぐに埋められてしまう。
 事件を解決したすぐ近くの町へバルバトスはソロモンを連れて行った。
 目をつけておいた店で菓子を買い、迷うことなく座れる場所へ移動する。前日の夜に軽くあたりをつけておいて正解だった。
「さて、まずはそこらへんに座って、これを食べようか」
 やや強引に座らせると、バルバトスはその隣に座った。
 店で買った菓子は、口径の小さい絞り口で成型し、油であげたものを、シロップへたっぷりと漬け込んだとても甘いお菓子だ。一口噛むだけで、シロップが口の中に溢れ、口の中を満たしていく。
 バルバトスが横目でソロモンを確認すると、あまりの甘さに、ソロモンは顔をしかめていた。
「キミには刺激的すぎたかな」
「いや、美味しいことは美味しいんだ。ただ、こう、やり過ぎって言うか」
 残すのも彼の信条に沿わないのだろう。ソロモンはもそもそと食べ進めている。
 バルバトスはあらかじめ買っておいたお茶をソロモンの目の前に差し出した。
「そう言うだろうと思ってね。買っておいたんだ。これと一緒に食べてごらん?」
 ソロモンは疑いの目を向けつつ、バルバトスに言われるままそのお茶を口に含んだ。バルバトスの予想通り、ソロモンは顔をしかめる。それもそのはず、このお茶はとても苦いのだ。しかし、その分、甘ったるいお菓子とよく合う。
 その証拠に、お菓子を食べたソロモンの表情は、先程と同じ物を食べたとは思えないほど輝いていた。
 その後も、バルバトスはソロモンを町中に連れ回した。
 カラクリ細工を得意とする雑貨屋に、肉を豪快に切り落として焼いた串料理を売っている屋台、ソロモンくらいの歳の子が好きそうな場所へ思いつく限り連れて行く。その途中で、「自分のために回っているのではないのか」と疑念を抱かせないために、バルバトスは路上のアクセサリー店へ足を運んだ。
「さて、ここが本番だ。新しいペンダントが欲しくてね。俺に似合いそうな物をキミが選んでくれないかな?」
「俺が!?」
 すっかり連れ回されることに慣れたソロモンは急に出番を与えられて動揺するも、すぐに対応し、真剣な目で、並べられたアクセサリーへ目を向ける。時折バルバトスとペンダントを見比べていた。
 ゴツめのチェーンのペンダントに多く視線が向けられているのは、この際、無視すべきことなのかもしれない。
「さて、ここでキミのセンスが問われるわけだ。相手に似合うだけじゃなく、相手の趣味にも合わせないとね。今回は俺が相手で残念だけど、女の子にプレゼントするときはもっと考えるんだよ。恋を叶えるには、プレゼント選びも重要だからね。自分が選んだ物を着けてもらえると憂しいものだし、プレゼントは送られる側だけじゃなくて送る側も……」
「ホント、好きなことになるとよく口が回るよな」
 呆れたようにソロモンは言う。少しは余裕が出てきたらしい。
 ソロモンは選んだペンダントをバルバトスに当てて見比べ、唸った後、別のものを選び始めた。
 最終的にソロモンが選んだのは、細い銀色のチェーンを通し、小さな青い石が台座に嵌められたシンプルなデザインのペンダントだった。
「どうしてこれにしたんだい?」
 店から離れ、購入したばかりのペンダントを着けながらバルバトスは訊く。
「多分、服の下に着けるだろうと思って、小さいのにした。あとは、石の色がバルバトスの目の色と一緒だったから、似合うと思ったんだ」
「えっ」
 うっかりバルバトスの胸がときめく。完全に無意識な分、タチが悪かった。
 ソロモンはいぶかしげに眉をひそめる。
「どうしたんだ?」
「なんでもないさ」
「そう、か? でも、良かった。似合ってるよ。俺のセンスじゃちょっと不安だったから。すごいな、イケメンって、なんでも似合って」
「んっ!」
「今日、おかしいぞ?」
「大丈夫」
 ソロモンは相手を褒めることとなると、急に饒舌になる。このままでは、いつか揉め事を起こすかもしれない。ソロモンへ恋する者同士の揉め事、十分にありえる。
 誤魔化すためにバルバトスはソロモンの頭を撫でた。
「なっ、子供扱いするなよ!」
「俺から見たら十分に子供さ。だから、少しは甘えてくれてもいいんだよ。……いつもそうできないのは、申し訳ないけどね」
 ソロモンがじっと見つめてきた。気になって視線を合わせると、すぐにそらしてしまう。甘えるのが久々で、感覚が思い出せないのだろうか。
「……あと少しで成人するのに」
「そうだったね。ごめん」
 ふてくされるソロモンの頰をバルバトスは突いた。ソロモンが嫌そうにバルバトスの手が払われる。
 「さあ、再開しようか」とバルバトスは切り上げ、ソロモンを引き連れて再び歩き始めた。横を歩くソロモンの足取りは心無しか軽い。少しは疲れが取れただろうか。
 その後、日が暮れるまで散々ソロモンを連れ回したバルバトスは、体を綺麗にさせ、ソロモンをベッドに押し込んだ。そのまま、ベッドの端の、手を伸ばせば顔へ触れられる位置へ腰掛ける。じっと見上げてくるソロモンの頭を撫でた。
「……バルバトス、今日は酒場に行かないのか?」
 何もないときの夜、バルバトスはよくブネと酒場へ行く。そのため、気を使った発言なのだろう。
「今夜の舞台はここにしようと思ってね。キミだけの吟遊詩人ってことさ。さあ、聴きたい話はあるかい? 眠くなるまで俺と話しをするだけでもいいよ」
「今日は変だな、バルバトス。…………話し、をさせてくれ」
 ささやかに二人は話し始めた。そのうち、話はソロモン個人の話になり、彼の思い出がバルバトスの前に並べられていく。その一つひとつがありきたりで、それゆえに大切なものであることがひしひしと伝わってくる。
「たまに、余ったらお裾分けを貰ってたんだ。俺はたいしたことはできなかったのに、優しくしてもらって」
 話していくうちに、ソロモンの瞳から涙がこぼれ落ちていく。ソロモンはそれを拭うことをせず、顔を伝い落ちるままに任せた。
「……手を、握ってくれないか」
 最後の最後でソロモンは言葉を呑み込んだ。吐き出されないまま消えた内容はソロモンにしかわからない。
 バルバトスは望まれるままソロモンの手を握った。それで気が緩んだのか、ソロモンの瞳が閉じられ、眠りの世界に落ちていく。
 握り返す力が弱くなったころ、バルバトスはソロモンの側から離れた。



 窓の外の月明かりだけが光源の薄暗い部屋で、ソロモンはベッドの上でバルバトスを見上げている。町中を歩き回って程よく疲れた体は、ベッドに横たわればすぐに眠ろうとしていた。疲れだけではないかもしれない。今日の散策はソロモンにとっても久々に楽しいだけの出来事だった。緊張続きの心が解れ、体が軽い。
「……バルバトス、今日は酒場に行かないのか?」
 いつもだったら、こういう何もない日は酒場に行っている。現に、ブネは行っていた。
「今夜の舞台はここにしようと思ってね。キミだけの吟遊詩人ってことさ。さあ、聴きたい話はあるかい? 眠くなるまで俺と話しをするだけでもいいよ」
 それは贅沢な話だ。バルバトスの話はどれも聞いていて楽しい。心踊る冒険譚も、想いの溢れる愛の話も、涙を誘う悲劇も、どれも魅力的で楽しかった。バルバトスの心の中にある本棚の本を全て見てみたいとすら思う。
 しかし、今は違うことがしたい。
「今日は変だな、バルバトス。…………話し、をさせてくれ」
 今なら思いを吐き出せそうな気がする。ソロモンはそう感じた。バルバトスになら、と。
 ソロモンはポツリポツリと語った。バルバトスは黙ったまま相槌を打ってくれている。
 最後に、ソロモンは「どうして自分だけが生き残ってしまったんだ」という言葉を呑み込んだ。流石にこれを言ってはならない。助けてくれた本人の目の前なのだ。そして、口から出して仕舞えばその言葉が実態となってソロモンを襲いに来るだろう。
「……手を、握ってくれないか」
 代わりに、ソロモンはバルバトスへ頼みごとをした。
 バルバトスは快くソロモンの手を握ってくれた。手の大きさは同じくらいだが、その手に握られていると、安心してくる。
 その安心感に包まれ、寝落ちる直前、ソロモンはバルバトスのことが好きだと自覚した。

 好きだと自覚したからと言って何かが変わるわけではなかった。翌日からも、落ち込んでいる暇は無いほどに忙しい日々が続く。ヴァイガルドは相変わらず脅威に晒され、対応は後手となる。余裕など無いのだ。それでも、楽しそうに笑うバルバトスの横顔をたまに見ることが楽しみの一つとなり、ソロモンの心に余裕が少しだけ生まれる。
 それに真っ先に気づき、嬉しそうに話しかけてきたのはモラクスだった。
「アニキ、今日のアニキはいい感じだな!」
「うんうん、モンモンはお疲れだったもんね」
 シャックスもそれに便乗してきた。
「そんなにわかりやすかった?」
「あんた、結構顔に出てるわよ」
 会話にウェパルも混ざってくる。
「まあ、元気が出たのならいいことね。これで早く先に進めるわ」
「……ウェパルは相変わらずだな」
 ソロモンは自分の顔を触った。モラクスにもシャックスにも、ウェパルにも言われる程だ。よほど浮かれていたらしい。ソロモンはぐっと気を引き締める。
 浮かれていては何も始まらない。
 しかし、決心してほどなくして、知られたくない相手に知られたくないことをソロモンは知られてしまう。
「やあ、どうやらキミは恋をしているようだね」
 どうしてこういう話には食いつきが良いのだろう。バルバトスがどこからかソロモンの片想いに気づき、とても楽しそうに絡み出してきた。
 こういうとき、止めてくれるウェパルは、今は逆に興味深そうに聞き耳を立てている。その他の仲間は興味すら示してくれていない。
 町から町への移動のための、乗合馬車の中だ。込み入った話は期待されていない、と判断し、ソロモンは対応する覚悟を決めた。
「……してないけど。仮にしていたとして、バルバトスに話す必要はあるのか?」
「いや、話してほしいね。キミの恋には興味がある」
「別に俺のじゃなくてもそうだろ」
 とは言えど、自身の恋に興味を示してくれるのは、一抹の希望が見えて、ソロモンはどうしても期待してしまう。
「キミのなら特別さ」
 ソロモンの心が揺れる。しかし、これは戯れだと、ソロモンは強く自分に言い聞かせた。
「なんだよ、それ」
「ふふ、どうかな? さて、お相手はだれかな。アジト近くの食堂の娘かな? それとも、雑貨屋の主人? さっきの依頼者の彼女もありえるかな?」
「よくポンポン出てくるな……」
「周りのことはよく観察しているからね」
「そうだな。いつも助かってる」
 その発言には同意した。バルバトスのサポートにはいつも助けられている。ソロモンの行動の意図を読み、動いてくれるおかげで、どれだけ自由に動けているかわからない。
 ソロモンの発言が予想外のものだったのか、バルバトスの瞳がわずかに見開かれる。それはすぐに元に戻った。
「完璧な俺の完璧なサポートだからね。当然さ」
 またいつもの調子に戻った。
 ふと、ソロモンは先ほどの一瞬の変化に興味がわいた。もしかしたら、あれがバルバトスの素なのではないかと気になる。
 もっと素の表情を見たい。そう感じた瞬間、ソロモンはバルバトスをいつものように手招きした。内緒話をしようと誘う。
 慣れた様子で身を寄せるバルバトスに、ソロモンは言葉を一つ落とした。ここ最近、ずっと抱き続けた想いだ。
 バルバトスの表情が鮮やかに変わる。動揺と、驚きの表情がそこにあった。
 ソロモンはその変化に満足し、バルバトスが振り返る前に、わざと大きな声を出す。
「わっ」
「うわっ、何⁉」
 これで、バルバトスがどれだけ驚いていても、ソロモンのいたずらのせいだと思うだろう。その証拠に、周りからは文句が上がってきていた。
 ソロモンは周りに謝りながら、こっそり隠れてバルバトスの手に自分の手を重ねた。